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壱や藍ちゃンとか仲良い子居ないと生きてけなそう… と最近実感する邑。 クラス違ってからずっと思ってはいたんだけどね(´・ω・`) 少し前の国語とかで "他人に依存されるより 自分から積極的に関わるようにしていかないと駄目" みたいなことを題材に話し合ったんだけど… というかそれが最終的に作者が言いたかったこと、に行き着いたんだけど。 でもそれは人それぞれで はたから見れば 他人に依存されてるように見えても 実は 他人に依存されることに(必要とされることに)自分が依存してるんじゃないかってあたしは思ってて。 他人に依存されることを依存してしまう、つまり自分が必要とされることを求めるのは しょうがないんじゃないか、寧ろ良いことなんじゃないかって。 何かのきっかけで死にたくなった時とか "わたしが死んだらあの子は…" とか何でもいいから 人を生きる理由に出来ればいいんじゃないかって思う。 人に言われた言葉によって死にたくなったりする時があるように 人に必要とされることによって死にたく生きようとも思えるとあたしは思う。 まあ… あたしはすごく、すごく弱い人間だから 依存されるんじゃなく依存しちゃう方なんだけど。苦笑 自分嫌いだから あたしなんかに依存する子なんかいるの?とか思うし。 依存される子はそういう意味合いで依存されることに喜び?を感じれるなら生きれるけど 依存しちゃう側は、大変だよね。 その子がいなきゃ駄目、とか生きてけないんだもの。 まあ、依存されるのが嫌いな子には結局"依存"なんて重荷でしか無いんだろうけど。 あたしはいつか依存しちゃう側じゃなくて 自分を必要としてくれる(依存される)側になりたいな(´・ω・`) 依存しちゃう側じゃいつまで経っても相手に負担かけちゃうし。 まあ"必要とされること"を重く?深くしていった集大成が"依存"って形なんだと思う。 うん、依存してばっかでごめん、皆。 皆が思ってるよりあたしは皆のことがすごく好きで 依存してばっかです。 いつか互いに依存しあえる(必要とし必要とされる)存在になれたらな、と思ってます。 |
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